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わたしの祖母は長く裁縫をして生計を立ててきました。戦争で祖父が亡くなった後、女手一つでわたしの父と父の妹(叔母)を育て上げたのです。工場に勤めたり、食堂で働いたり、できることは何でもしたと聞きました。裁縫は祖母の仕事の一つで、仕事から帰った後、家で着物を仕立てていたのです。祖母の仕立ての腕は確かで、だんだんとそれが口コミで広まり、父が中学校に入ったころに裁縫一本で生活するようになったそうです。働き者の祖母は、父がひとり立ちし働くようになり、結婚して同居するようになっても、まだ裁縫の仕事を続けていました。高価な反物なので、めったな人には頼めない、どうしても祖母でないとというお得意さんが数人いました。祖母の部屋に行くといつも長い竹でできた定規や鈍色に輝く指ぬきなどがあり、子供のころのわたしはどこの家のおばあちゃんも家で着物を縫っていると思っていたものです。
そんな祖母から仕事であり、生きがいでもあった裁縫を奪ったのが関節リウマチでした。最初は手のこわばりから始まりました。朝起きて、手がうまく動かないのです。針をつまむどころか、ハサミを持つことさえできません。最初のころ、それは朝の数時間だけでした。昼ごろになると手のこわばりは消えて、いつものように裁縫することができていました。そのうちに、指の関節が痛むようになりました。じんじんと熱を持ったように痛いのだそうです。指を曲げようとするとさらに痛みます。そのため、指を曲げないようにじっとしているほかなくなります。整形外科の医者に診てもらいましたが、改善しませんでした。そのころ祖母はまだ60代の後半でした。そのうち指の変形が起こりました。祖母の指は節々がふくれ、ねじれ、まるで古い木の枝のようになってしまいました。祖母はもう亡くなりましたが、最後まで裁縫をさせてあげたかったなぁと今でも思います。関節リウマチさえなければ、まだまだ裁縫ができたはずです。お客様の仕立物はできなくても、古い着物をほどいて小物にしたりなど、祖母はきっと楽しんだに違いないともいます。